最高裁判所第二小法廷 平成6年(オ)1370号 判決 1997年10月31日
上告人
同和火災海上保険株式会社
右代表者代表取締役
岡崎真雄
右訴訟代理人弁護士
高崎尚志
被上告人
佐藤幸義
右訴訟代理人弁護士
金井厚二
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人高崎尚志の上告理由について
一 本件は、運転代行業者に自動車の運転を依頼して同乗中に交通事故に遭い、後遺障害を負った被上告人が、右自動車の自動車損害賠償責任保険の保険会社である上告人に対し、自動車損害賠償保障法(以下「法」という。)一六条一項に基づいて、保険金額の限度で損害賠償額の支払を求めた事件であるところ、原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人は、高崎松菱株式会社の従業員であり、右会社の所有する本件自動車を貸与され、これを右会社の業務及び通勤のために使用するほか、私用に使うことも許されていた。
2 被上告人は、昭和六三年一二月二日午後六時三〇分ころに勤務を終えた後、翌三日午前零時過ぎころまでの間、高崎市内のスナック等で水割り八、九杯を飲んだ。そして、酒に酔って本件自動車を運転することによる危険を避けるため、右スナックの従業員を介して、運転代行業者である有限会社中村パーキングサービスピー代行(以下「P代行」という。)に対し、本件自動車に被上告人を乗車させて自宅まで運転することを依頼した。P代行は、右依頼を承諾し、代行運転者として石原広幸を派遣した。
3 石原は、一二月三日午前一時ころ前記スナックに到着し、被上告人を本件自動車の助手席に乗車させた上、本件自動車を運転して高崎市内の被上告人の自宅に向かっていたところ、午前一時三五分ころ、本件自動車と登丸正浩運転の自動車とが衝突する交通事故が発生した。被上告人は、右交通事故により右眼球破裂等の傷害を負い、右眼失明等の後遺障害が残った。
4 運転代行業は、自動車の所有者又は使用権者の依頼を受け、これらの者に代わって、当該自動車を目的地まで運転する役務を提供し、これに対する報酬を得ることを業とするものであり、多くの場合、運転代行を依頼した所有者等を当該自動車に同乗させて運ぶ形態を採っている。実際に自動車を運転する代行運転者は、運転代行業者が従業員として雇用する場合と、会員として登録する場合があり、P代行は、会員として登録した代行運転者に依頼を受けた代行運転を順次割り当てる営業形態を採っていた。高崎市及びその付近の地域では、自動車の普及が著しく、運転代行業者が広く利用されている。
二 前記事実関係によれば、P代行は、運転代行業者であり、本件自動車の使用権を有する被上告人の依頼を受けて、被上告人を乗車させて本件自動車を同人の自宅まで運転する業務を有償で引き受け、代行運転者である石原を派遣して右業務を行わせていたのであるから、本件事故当時、本件自動車を使用する権利を有し、これを自己のために運行の用に供していたものと認められる。したがって、P代行は、法二条三項の「保有者」に当たると解するのが相当である。
ところで、自動車の所有者は、第三者に自動車の運転をゆだねて同乗している場合であっても、事故防止につき中心的な責任を負う者として、右第三者に対して運転の交代を命じ、あるいは運転につき具体的に指示することができる立場にあるのであるから、特段の事情のない限り、右第三者に対する関係において、法三条の「他人」に当たらないと解すべきところ(最高裁昭和五五年(オ)第一一二一号同五七年一一月二六日第二小法廷判決民集三六巻一一号二三一八頁参照)、正当な権原に基づいて自動車を常時使用する者についても、所有者の場合と同様に解するのが相当である。そこで、本件について特段の事情の有無を検討するに、前記事実関係によれば、被上告人は、飲酒により安全に自動車を運転する能力、適性を欠くに至ったことから、自ら本件自動車を運転することによる交通事故の発生の危険を回避するために、運転代行業者であるP代行に本件自動車の運転代行を依頼したものであり、他方、P代行は、運転代行業務を引き受けることにより、被上告人に対して、本件自動車を安全に運行して目的地まで運送する義務を負ったものと認められる。このような両者の関係からすれば、本件事故当時においては、本件自動車の運行による事故の発生を防止する中心的な責任はP代行が負い、被上告人の運行支配はP代行のそれに比べて間接的、補助的なものにとどまっていたものというべきである。したがって、本件は前記特段の事情のある場合に該当し、被上告人は、P代行に対する関係において、法三条の「他人」に当たると解するのが相当である。
以上によれば、P代行が保有者に当たり、被上告人がP代行に対する関係で他人に当たるとした原審の判断は正当である。右判断は、所論引用の各判例に抵触するものではない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官河合伸一 裁判官福田博)
上告理由書<省略>